ビジネス書大賞 2013 記念トークセッション 「ビジネス書から見る これからの働き方」レポート

写真左から:岩佐文夫、河野英太郎、岩瀬大輔、瀧本哲史(敬称略)

ベストセラー著者、そして歴代のビジネス書大賞入賞者である瀧本哲史氏、岩瀬大輔氏、河野英太郎氏をお迎えして、パネルディスカッションを開催しました。ベストセラービジネス書の著者という共通点はありながらも、それぞれエンジェル投資家、保険会社経営者、大企業社員と、立場はさまざま。そんなお三方に、現代日本の働き方、個人と組織の関係について語っていただきました。(聞き手:ハーバードビジネスレビュー編集長 岩佐文夫氏)

− みなさんの著書を読ませていただいたのですが、共通して感じたのはビジネスパーソンが会社と対等でいるために獲得すべき知識やスキルを教えている、ということ。こうした本を書こうと思われたきっかけにも、今の時代が反映されていると思うのですが、いかがでしょう。

(瀧本) ビジネス書は今大きな変化が起きています。昔のビジネス書は、偉い先生が「ビジネスとはこういうものです」と説くようなものでした。それが今は、自分で何らかのビジネスをやっている人が、自分の目線で発信するパターンが増えてきました。本が出回ると「こんな面白いことを言う人はどんな人だ」と著者がフィーチャーされます。だいたいの場合、著者本人が凄く面白いんですよ。最近のビジネス書には、そういった個人として戦える人がフィーチャーされてきているというトレンドがあるんじゃないでしょうか。
「本を書くきっかけ」は、いろいろ大人の事情があることが多いんです。(笑)『僕は君たちに武器を配りたい』は、加藤さんという名物編集者(「週刊現代」元編集長)が仕事がなさそうだったので、彼に成功してもらうためでした。『武器としての決断思考』も、編集者の柿内さんが転職されたときに、本が無いと言うので書いたのと「ディベート甲子園」のプロモーションですね。

(岩瀬) 私の場合、自社の新卒社員に読ませるための本を本屋に行って探したとき、ちょうど良い本が無かったんです。マナーや問題解決など個別テーマのものはあっても、横断的に網羅したものが無い。だから自分で書きました。僕の本は、目新しいことは全く言っていなくて、「朝、遅刻するな」とか、「元気よく挨拶しろ」とかしか書いていません。でも今、会社の中で経営者や管理職がそういうことを言うと「ブラック企業」とか「パワハラ」とか言われかねない世の中ですよね。編集者の和田さんは、そういった、皆が言いづらいことを代弁しているのが狙いだと言っていましたね。

(河野) 私のきっかけは、現場での課題解決でした。何百人もの SE に動いてもらう大きなプロジェクトがあったのですが、なかなか進まない。そんなときに、スムーズに進めるために私たちリーダーがメルマガでアドバイスをしていたんです。たとえば、「メッセージが 3 つあったら 3 つに分ける」とか、そういう基本的なことです。その評判が良かったので、社内のデータベースに公開したら、1 万件位のアクセスがありました。そこで、企画書を編集者に持って行ったら、「いけるかも」と判断され、出版したら意外に売れました。
内容は、岩瀬さんと一緒で、当たり前のことなんです。「こんなの誰でも分かっている」「飲み屋のオヤジトークじゃねえか」なんてアマゾンのレビューでお叱りをうけるような。だけどできている人って、意外と少ないんです。

− 次に「組織と個人の働き方の関係」についてお伺いします。最近変わってきたと言いますが、ビジネスマンはもっと会社から自立すべきだ、という言い方は、この20年、ずっと言われ続けている気もします。たとえば僕は新入社員の頃、「自由人」とか「新人類」と呼ばれた世代なんです。要するに出世よりも自分の生活を大事にすると。そういう奴らが社会に出てきたと言われたのに、どうして結局これまであまり変わらなかったんでしょう。

(瀧本) 組織に頼らず自由に生きると言っても、基本的に、会社に甘えた上で「自由です」という話をしていると思うのですね。
2 人の話を聞いて「なるほど」と思ったんですが、昔は伝承されていた組織でのルールが、崩壊してしまった。その結果、それを学べる書籍が必要になってきているのでしょう。「新人類」よりもう少し後の世代になると、目の前で会社が消えるのを見ている人がたくさんいます。「会社は無くなることを前提に作戦を取らないと、自分も死ぬ」みたいに思うんでしょうね。就活も非常に厳しかったですし。そういう人たちは、会社はぬるいし、上の人は教えてくれないから、本で勉強しようと思うようになったんでしょうね。

(岩瀬) 社会構造がガラッと変わり、いろんな機能が無くなってしまったにもかかわらず、それが代替されていないために生じている問題が、いろんな箇所であるなと思っているんです。
たとえば、結婚も、「職場での出会い」とか「友人の紹介」からの結婚の数って全然、変わっていないんですよ。でも「お見合い」だけすごく減っている。つまり「お見合い」という社会的な機能が、時代の移り変わりとともに無くなったにも関わらず、それを代替するものがないから、晩婚化が進み、結婚数が減っていると。
それから、お金に関するリテラシーも、昔ほど無いんじゃないかなと思います。昔は会社の先輩が「住宅ローンはこうだ」とか、教えてくれていました。あるいは、会社がお金の管理を全部やってくれていました。でも今はその機能がすっぽり抜け落ちて、それをまだ代替できていないと。そこに僕らはビジネスチャンスがあると思っています。そんな風に社会の構造が変わり、いつの間にか無くなってしまったけど、代替できていない機能はたくさんあります。僕らの本は、その代替になるのかもしれません。

(河野) 岩瀬さんに質問です。個人と組織の関係となると、我々は個人側に感情移入しますが、岩瀬さんは個人を雇う立場でありますよね。社内にいる優れた個人が外に出ない、もしくは入ってきた人を良く育てたい、そうした思いがあると思います。一方で今、個人と組織の関係が変わり、組織に所属しつつも、組織に対してのロイヤルティーより、自分のキャリアや社会貢献を重視するようになってきています。それに対して、どういう感覚を持たれているのでしょうか。

(岩瀬) 僕らは 100 人あまりの小さい組織ですし、ベンチャーなので、割と自由に考えています。個人的には、会社は社員が成長して輝けるプラットフォームになれば良いと思います。だから、積極的に社員が外に出て講演をしたり、論文や本を書いたり、「個」のブランドで売り出せていけるように後押しをしているつもりです。そうすることが僕たちみたいな組織にとっては、圧倒的な強みになります。
僕も河野さんも聞きたい質問があるんですけど、いつ、会社、出るんですか。(笑)

(河野) 良い質問ですね。辞めたら、雇っていただけるんでしょうか。(笑)

(岩瀬) 僕らって、もしかしたらメルマガやブログが無ければ、発掘されなかったかもしれないですよね。僕もブログ出身です。面白いのは、昔からブログ仲間で「この人のブログ面白いな」と思っていた人は、皆その後、何らかデビューして活躍しています。たとえば、酒井穣さんや慎泰俊さんもそうです。良い文章を書く人は、面白い視点を持って活躍しています。昔なら埋もれていた人が、ピックアップされ活躍できる時代って良いですよね。河野さんが、いつ IBM を辞めるのかが、すごく楽しみです。

(河野) (笑)ただ、調子に乗らないことだけは決めています。本が数冊売れても、その後、5 冊、6 冊と続くかわからないですよね。続ける努力はしますが、専業作家にはならないでしょうね。また「自分でビジネスを始めたい」とは、どこかで思うかもしれないです。

(岩瀬) いつか辞めたいって気持ちは伝わってきました。(笑)

− 岩瀬さんの説明は納得ですね。社会や周りの人が面倒を見てくれなくなり、いろんなことを自分でやらなきゃいけなくなった。仕事の選択も自分で考えなければならなくなった時代ですしね。
僕の世代は、就職する時に大企業を狙うわけです。考え方が変わってきたなと思うのは、小さな会社、「スタートアップ」な会社に、最近、若い優秀な人が行くようになったことですね。そこで岩瀬さんに質問です。昔は、人を育てる教育システムがしっかりしているからという理由で大企業を選ぶ人が多かったんです。岩瀬さんの会社は、大企業ではないけど非常に優秀な方が集りますよね。その点はどういうふうに考えていらっしゃいますか。


(岩瀬) まず、実は優秀な人は「スタートアップ」ではなく、DeNA、楽天などに集まります。それらの企業は給料も良いし、社会的なブランドも確立されている。つまり「スタートアップ」ではないんです。実はうちみたいな会社だと、まだまだ全然、来ないんです。限られたプールの中から、ちょっと変り者の良い子たちを採用しています。10 人 20 人のベンチャー企業に優秀な学生がたくさん集まるかというと、なかなかそうじゃないでしょうね。
うちは IBM みたいなマニュアルとかプログラムはありませんし、個別にはなかなか面倒をみきれない。なので、まず採る時点で相当たくましい、自分で迷路を抜け出せるタフな人間をえらびます。

(瀧本) メガベンチャー経由、スタートアップ・ファウンダーって、よくあるパターンです。昔からの大企業ではないけど親には説明がつく会社に取りあえず入って、そこがコケたとき、一斉に移動するんですよ。

− 皆さん、若い人にキャリアの相談をされる時、何が一番大事だとお伝えされていますか。

(瀧本) ロールモデルなんて、無い時代なのかなと思うんですよね。誰かがやってくれるんじゃなくて、自分で新しいジャンルを作ることが一番重要だと思います。「僕に相談するな。人に聞いてる時点で、終わってる」って、いつもアドバイスしていますね。それは、本人が一番良く分かっているし、マーケットに出て就活とかすれば、なんとなく分かってくるものだと思います。

− 岩瀬さんもご自身で新しいキャリアを作ったんですよね。

(岩瀬) BCG 時代の話なんですが、先輩で、当時まだ人気無かったヘルスケアセクターのプロジェクトをどんどん進め、しまいにはその権威になった方がいました。その方に「何故それをやったんですか」って聞いたら、「誰もやっていなかったから」って言うんです。「戦略とは、競争のない所を探して、そこに飛び込んで行くものだ。それなのに皆、流行りの分野ばかりやりたがる。だから、僕は皆が行かないところに行った」と。
僕が保険をやっているのも、それに似ているところがあります。あえて若い人にアドバイスするとすれば、そうやって「皆と違う、空いているところを探そうよ」ということと、「今、輝いている会社じゃなくて、10 年後、20 年後に輝いている会社を見つけようよ」と言いますね。

(河野) 私は 2 つあります。ひとつ目は、「ぼんやりとでも良いから目標を決めなさい」ということ。ふたつ目は、「日々の基本を積み重ねていけばいい」ということです。たとえば「明日までにエクセル 400 行作れ」と言われたら、今日中に作ってみるとか。そういう小さなことでもやっていると、新しい仕事が降ってきて、いつの間にか目標に近づいているということですね。

− もうひとつお伺いしたかったのは、5 年後、10 年後の自分の将来像を描いて、逆算して今を生きるという考えと、一方で、「キャリアなんて偶然の賜物だ」という考えがあるじゃないですか。どちらを信条とされていますか?

(河野) 私は後者です。何回も大きな転換期があるがゆえに、今は今の最善を尽くすと。ただ「こっちの方向は嫌」とか、「こっちの方向で、なんとか行きたい」というイメージだけはぼんやりでも持っていたいなと思っています。

(瀧本) 僕は結構オポチュニスト(機会創出・対応型)的です。3 年周期ぐらいで考えます。1 年目に 5、6 個くらいテーマを決めて、薄く広く張るんです。それで良かったものに大きく追加投資をして、失敗したものはなかったものにします。そして、3 年目に回収すると。なぜかって言うと、未来は予測できないから。小さくやってみて、いけると分かったことをやるんです。僕は働くのが大嫌いな人なので、楽勝でできることを探すんですよ。競合がいないとか、高い値段で買ってくれる人がいるとか、何でも良いんです。そういうものを見つけて、真面目にやる。あんまり「長期ビジョン」は無いんですよね。

(岩瀬) 「10 年前、何を考えていたかな」と振返ってみると、2003 年は 27 歳で、ちょうど留学しようって決めていた時期なんです。ニューヨークの金融で働きたいと思うと同時に、ベンチャーをやりたいとも思っていましたね。そのまた 10 年前はどうだったかって考えると、1993 年で、高 3 ですね。弁護士になりたいと思っていました。実際、今はネット保険の社長をやっています。
そう考えると、10 年先なんて分かりゃしないですよね。むしろ、2003 年の自分がイメージできることしかやっていなかったら、人生つまんないなと思います。今のちっぽけな自分の、ちっぽけな想像力でイメージできることって限られていますから。今の自分が想像もできないような展開になっていたら良いなと思っています。

− 瀧本さんは高校の時に、何になりたかったんですか。

(瀧本) その時は、法律関係ですね。僕の父は学者で、いつも家にいるようなイメージがありました。これは良いと思い、僕も法学者になったんですよ。でも、あまりにもつまらなくて3年間で辞めました。それで、マッキンゼーに行ったんです。学生の時に、5 日間で 8 万円もらえるバイトがあるって聞いて面接に行き、言いたいことを言っていたら「合格」と言われて。終わってから「今のはインターンシップの面接で、30 倍だった」と言われ驚きました。そのインターンシップがキッカケでマッキンゼーを知ったんです。本当に僕は、戦略性の欠片もなかったですね。ただ、環境がよかったのだと思います。いろんな職業の人が周りにいたので、人より早く、進路について考えられました。それはすごくラッキーだったと思います。

(岩瀬) ちょっと追加すると、何も考えずに、その時々に任せているだけではないですよね。人とのご縁を大切にしています。お世話になった人とはずっとお付き合いしますし、良い人に会ったら仲良くなって付き合います。
そうするといろんなチャンスが来るじゃないですか。何か新しいものが生まれますし。積極的に外に出て、人に会って、輪を広げていくというのは大切にしています。

− 河野さんも、人の縁というのを非常に大切にされそうですよね。

(河野) そうですね。大学の部活のメンバーもそうですし、就職してからの会社でもそうです。早々に辞めたにも関わらず、声をかけてくれる電通の同期とかがいるんですよね。だから、私自身も、辞めていくメンバーとのご縁も大切にしています。声をかけてもらうことが嬉しいので、必ず声をかけるようにしています。水泳の縁も広がっています。出版社のディスカヴァーさんをご紹介いただいたのも、そこでした。

− 瀧本さんは、いかがですか。

(瀧本) 結構、重視していますよ。僕の言うことに煽られてリスクを取った人は、支援すると決めています。それに、ちょっとしたきっかけで出会った人と、ずっと薄く関係を保持していて、その間にも評価は出来るし、そしてある時、その人と何かすることは多いですね。

(河野) デジタルな世界になっても、結局、人と人との直接の縁は必要ですよね。本を出版した時、書店に直接行って、名刺交換して、担当の方とお話するだけで、書籍を並べてくださったりするんですよね。出張行く先々とか、旅先でも常にやっています。SNS とかいろんなツールがありますが、やっぱり人の直接の接点というのは重要です。時代が変わっても、変わらないものは変わらないと思います。

− それでは最後におひとりずつ、「皆さん自身の、将来のキャリアについてどう考えていらっしゃるか」と、「これから日本の社会が、働き方という意味で、こう変われば面白いんじゃないか」と思うことを教えてください。

(瀧本) 僕は機会創出・対応型な人間なので、将来何をやっているかよく分かりません。ただ、究極的な機会創出・対応ビジネスは投資業なので、今のビジネスモデルを続けていくと思います。それから、個人の仕事としては大学で教えつつ、本も書きつつ、テレビにも出る、とういう感じで分散して、飽きたらやめて次を始めます。2020 年ぐらいまで様子を見て、あんまり日本がよくなかったら脱出することも考えていますね。
日本社会がこうなったら面白いかなというのは、「形として見えている」組織とは違う形のチーム「見えない結社」をいろいろと作っていくことですかね。もうそうなってきているとは思いますが。『武器としての交渉思考』は、ネゴシエーション本を偽装したチームビルディングの本ですしね。

(岩瀬) 大事にしてきたことが 3 つあります。
ひとつ目は「自分が尊敬できる良い仲間と時間を過ごすこと」。2 つ目は「自分にしかできないことをやること」。3 つ目は「何でも良いので、社会に自分の生きた足跡を残すこと」です。で、本を書いたり、会社を作ったり、上場させたりするのは、3 つ目ですよね。37 歳にもなり、最近は「自分にしかできないこと」がちょっとずつ分かってきたような気がしています。キーワードは「つなげる」っていうことですね。それはたとえば、大企業と、霞が関とをつなげる。あるいは世代をつなげる。世界と日本をつなげる。アートとビジネスをつなげるとか。
「ネット」と「生命保険」っていうのも、ある意味、真逆なんですよね。古くて成熟していて遅いものと、新しくて早く変わっていくもの。良い仲間と、自分にしかできない「つなげる」ことをやって、足跡を残せるような仕事ができたら良いなと思っています。
日本は、もっと多くの人が自分らしい生き方ができるように挑戦できる世の中になったら良いなと思っています。

(河野) ぼんやりとした将来の大きな目標と、目の前の目標を決め、必死になることです。目の前の目標は「次の本を出せたら良いな」ということと、あと「明日の朝 8 時に、必ず娘たちを遅刻しないように家から出す」ですね(笑)
ぼんやりした将来の大きな目標は、効率化によって、ビジネスパーソンやビジネスが豊かになるよう貢献をしていきたいなということです。

− みなさん、どうもありがとうございました。