ごあいさつ

ケリー・マクゴニガル (Kelly McGonigal, Ph.D.)
1977年生まれ。ボストン大学で心理学とマスコミュニケーションを学び、スタンフォード大学で博士号(心理学)を取得。スタンフォード大学の心理学者。専門は健康心理学。心理学、神経科学、医学の最新の研究を応用し、個人の健康や幸せ、成功および人間関係の向上に役立つ実践的な戦略を提供する講義は絶大な人気を博し、スタンフォード大で最も優秀な教職員に贈られるウォルター・J・ゴアズ賞をはじめ数々の賞を受賞。各種メディアで広く取り上げられ、『フォーブス』の「人びとを最もインスパイアする女性20人」に選ばれる。ヨガ、瞑想、統合医療に関する研究を扱う学術専門誌『インターナショナル・ジャーナル・オブ・ヨガ・セラピー』の編集主幹を務める。

− 「優秀翻訳ビジネス書賞」の受賞おめでとうございます。日本でこのような賞を受賞した感想をお聞かせください。

大変光栄です。特に、美しい翻訳をしてくださった神崎朗子さんに感謝の意を述べたいと思います。本書の販促活動の一環として、1月に初めて日本を訪れましたが、その時に、神崎さんはずっと付き添いをしてくださいました。素晴らしい翻訳をしてくださったからこそ、本書が日本でよく受け入れられたのだと思います。

− 本書が生まれた経緯はどのようなものでしょうか?

本書はスタンフォード大学の「意志力の科学」という授業を元にしています。この授業の意図は、人が行動を変化させ、人生を豊かにするのを手助けすることです。しかし、クラスで教えながら最も目に止まった点は、生徒が意志力のチャレンジをするうえでは、いかに誰もが孤立感を覚えているかということでした。私が関心を抱いている意志力のチャレンジは、 -例えば、挫折から立ち直ったり、悪習慣を断ち切ったり、自信喪失や不安を乗り越えたり、モチベーションを維持したり- 普段から誰かに率直に話せることではなかったのです。授業の終わりが近くなった頃、私が生徒たちに最も感謝されたのは、「自分は頭がおかしいのでなければ弱くもなく、救いようがないほど欠点があるわけでもない」ことに気づかせてくれたということでした。これは、自分の行動に大きな変化があったと報告してくれた学生たちでさえそうでした。私が本書を執筆しようとしたきっかけは、人が自分を変えようとしながら、自分自身のことを理解する手助けをしたかったからなのです。人には根本的に欠点があるという考えからではなく、自分を愛するという観点から、自分に変化を起こしてほしいと思っています。

− 執筆の上で意識されたことや苦労されたことを教えてください。

ほとんどのビジネス書は、本書ほど研究に基づいたものになっていません。これはアメリカで言えることです。よく売れているビジネス書は「事実」に基づいており、科学的な研究に基づいたものではありません。アメリカでの私の最初の著書は、王道の人文書か自己啓発本にすべきだと言われました。一見、両方のジャンルを合わせられるはずはないのですが、私はどちらのジャンルのものとしても読める本にしたく思いました。つまり、「研究に基づいた自己啓発本」を書きたかったのです。私にとって研究というものは、自分をよくするための知識と実践的な行動を得る手段なのです。

そこで、執筆をする上で、私が最も苦労した点の一つが、私が研究に対して抱く情熱と同じだけの気持ちを読者に呼び覚まそうとしたことです。研究者たちだけが気にかけるような、専門用語や詳細ばかりが並んだ、読者を眠りに誘うような本にはしたくありませんでした。大学のクラスでは、研究成果を物語のように語ることができるので、本で語るよりも簡単です。生徒に研究成果を予測させることができますし、その結果で彼らを驚かせることができます。クラスで研究を再現することだってできます。私たちは自分たちで実験をしているのです! 本書を執筆しながら、クラスでの楽しさを捉えることができていればいいなと思っていました。私のように、読者が研究成果を魅力的で、時折楽しいものだと感じてくれることを願っています。

− どんな人に本書を読んでいただきたいですか。

自分自身をもっとよく理解したいと願う人や自分自身がもっとよい人間になるにはどうしたらよいか学びたい人を想定して、執筆しました。本書は、困難に直面しているときでさえ、目標を立てたり、何かをやり抜いたりする過程において、読者をサポートする道しるべとなります。あらゆる人が自分の強みを掘り起こすことができます。本書は「仕事術」の本でも、お悩み解決本でもありません。自分には欠点よりも長所のほうがたくさんあると信じられるようになりたい人にこそ読んでいただきたい本です。「自分の行動や考えについて意識すること」や「考えたうえで行動すること」によって、人には欠点よりも長所が多くあるということがはっきりとわかると思います。

− 日本の若いビジネスパーソンに向けたメッセージ

最近日本を訪れたときに、日本の若いビジネスパーソンの経験について多くを知りました。経済的にも社会的にも試練に直面しているにもかかわらず、彼らの立ち直る力やモチベーションに大変感銘を受けました。東京で講演をした際、観客のほとんどが若い人たちでした。観客に向けた、最後のメッセージで、私の心に浮かんだのは、「Begin(始めてください)」という一言でした。将来、何が起こるのか知らなくてもよいのです。何が起ころうとも、あなたの持てる才能を生かすだけでよいのです。もし貢献したいことや達成したいことへのビジョンがあるならば、すぐに始めてください。もしその行動によって、自分の性格やあなたが貢献できるものがわかるのであれば、無駄な努力など一切ないのですから。

担当編集者に聞く! 大和書房・三浦岳

− 著者のケリー先生をご紹介いただけますか?

意志力のかたまりのような人です。先般、プロモーションで来日していただき、その際は取材と講演でびっしりの超過密スケジュールだったのですが、合間合間ではちょっと疲れを見せたりもしていたものの、本番になるとすべてとびきりのスマイルで完璧にこなし、プロフェッショナリズムを見せつけられた思いでした。それでいてほんの一瞬の予定の間隙をついて原宿に遊びに行ったりもされていて、「楽しむ」という面でも意志の強さを感じました。

− どのような経緯でこの本が生まれたのですか?翻訳出版を決めた理由は何ですか?

アメリカで刊行される前に、翻訳エージェントの方に、面白い本があるとご紹介いただきました。それで、「意志力を筋肉のように鍛える」というテーマが面白いなと。日本では見ないタイプの本ですし、意志力を鍛えたい人は多いだろうと思うと、日本で出す意味があるのではないかと思いました。

− 本書に火がついたキッカケはなんだと思われますか?

どこかのタイミングで「火がついた」というのはなくて、配本直後からとても動きがよかったです。それは何より、書店さんが可能性を感じて最初から多く積んでくださったおかげだと思っています。また、書店さんで見ていると、立ち読みを長くしてから買ってくださる方が多いので、気になるトピックが数多く詰まっていたということと、翻訳が非常に読みやすかったこともポイントだったと考えています。

− 本書が日本で支持されている理由はなんだと思われますか?

科学者としての視点を厳格に守りながら、「自分を変える」という自己啓発的なノウハウを書いたところが面白かったのかなと思っています。たとえば、こういう実験結果とこういう実験結果があった、だからこういうことが言える、これは言えない、そういうことを明確に峻別する書き方です。その意味では、自己啓発書としては「弱い」のかもしれませんが、そういう書き方だからこそ信頼感もあり、読む意味も感じるのかなと。アメリカでは「科学を生かしたまったく新しいタイプのセルフヘルプ」という評判が立ったのですが、日本でも、この本のそういった新しさが伝わったように感じています。

− 本書をまだ読んでいない方に魅力を伝えていただけますか?

工夫のない言い方ですみませんが、ものすごく面白い本です。最初に原稿を読んだとき、「え、そうなの?」「そうだったの?」ということの連続で、読みながらまわりの人に「この本、めちゃくちゃ面白いよ」としきりに言ってしまっていました。タイトルが「スタンフォード」であの分量なので、ちょっと手が出しにくいかもしれませんが、目次を見て気になるところを読んでいただくだけでも1680円分の価値はあるかと思います。意志力を一時的に強くするとか、読んだ直後だけやる気が出るというような本ではなくて、自分に対する観察眼がクリアになる本なので、この先もずっと、「いまは意志力が落ちているな」「なんで自分はこういうことをしちゃっているのかな」といったことが意識できるようになると思います。よりよい人生をつくっていくために本当に価値のある読書になると思いますので、ぜひ読んでみてください!